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東京家庭裁判所 昭和48年(家)12120号 審判

申立人 井上良子(仮名)

主文

法律上許されない記載につき

本籍山形県酒田市大字○○字○○△△番地筆頭者宮田進之助の戸籍中、妻とくの戸籍について、その身分事項欄に「記載遺漏につき宮田進之助の原戸籍により昭和四八年八月二〇日「昭和八年八月三一日大野富夫同人妻かよの養子となる縁組届出(養子の代諾者父母)青森県北津軽郡○○町字○○△△番地青木正治郎戸籍から入籍」と記載」、養父母欄に「養父大野富夫、養母かよ、続柄養女」とそれぞれあるのを、いずれも消除する。

ことを許可する。

理由

一  申立人の申立

申立人は主文同旨の審判を求め、その実情として述べるところは次のとおりである。

1  申立人は大野富夫(昭和四四年四月二六日死亡)および大野かよ(昭和四六年七月一六日死亡)の相続人である。

2  宮田とくは、昭和八年八月三一日大野富夫および大野かよと養子縁組し、昭和一六年一一月二七日宮田進之助と婿養子縁組婚姻をし、昭和一八年二月一日進之助離縁につき大野家を去つて進之助とともに進之助の家に入つた。

3  この場合、旧民法第七三〇条第三項によつて宮田とくと大野富夫および同かよとの養親子関係は当然に消滅する。したがつて、当時の戸籍吏が宮田進之助の家に入つたときの「とく」の戸籍に養親子関係がある旨の記載をしなかつたのは正当であつた。しかるに、その後実に二〇年余経つた昭和四八年八月二〇日、酒田市長は、その養親子関係の記載をしなかつたのは遺漏であるとの理由で「とく」の戸籍に申立の趣旨に記載のとおりの記載をした。

4  しかしながら前記のとおり、宮田とくと大野富夫および同かよとはすでに養親子関係にないので、酒田市長のなした前項の養親子関係の戸籍記載は法律上許されない。よつて、申立人は同市長に対し宮田とくの戸籍の訂正を申請せんとするものであるが、その許可を得るため申立の趣旨のとおりの裁判を求めるものである。

二  当裁判所の判断

戸主大野富夫の除籍謄本、筆頭者大野富夫、同宮田進之助、同井上松男の各戸籍謄本、大野富夫、大野かよ、大野進之助、大野とく間の婿養子離縁届書および当庁昭和四六年(家)第一一五四一号推定相続人廃除事件、当庁昭和四六年(家)第四二八一号遺産分割事件、当庁昭和四七年(家)第一三五二八号遺産分割事件の各記録によると次の各事実を認定することができる。

1  宮田とく(大正七年九月一日生、当時青木とく)は昭和八年八月三一日大野富夫、同人妻大野かよと養子縁組をし、昭和一六年一一月二七日宮田進之助と婿養子縁組婚姻をしたこと、

2  しかし、大野富夫、大野かよと大野進之助、大野とくは離縁することになり、昭和一八年二月一日婿養子離縁届なる届書を右四名がそれぞれ署名捺印して同日佐賀県藤津郡○○村長に届出て、受理されたこと、

3  進之助は実家廃家につき山形県飽海郡○○村字○○△△番地において宮田氏を称し一家創立したため、とくは夫宮田進之助の家に入つたこと、

4  しかして、大野とくの戸籍には「昭和一八年二月一日夫進之助離縁ニ付キ共ニ其家ニ入ル同月二六日入籍通知届除籍」と記載されたこと、

5  また、宮田とくの戸籍には、夫宮田進之助との婿養子婚姻の記載はなされたが、大野富夫、大野かよとの養子縁組ならびにその解消についての記載は一切なされなかつたこと、

6  しかるに、山形県酒田市長は昭和四八年八月二〇日記載の遺漏があつたとして、宮田とくにつき大野富夫、大野かよとの前記昭和八年八月三一日の養子縁組届出事項を同人の戸籍の身分事項欄に回復記載し、かつ養父母欄に養父大野富夫、養母かよ、続柄養女と記載したこと、

7  大野富夫(昭和四四年四月二六日死亡)、大野かよ(昭和四六年七月一六日死亡)のいずれも養子である大野光治と申立人との間の当庁昭和四六年(家)第四二八一号、昭和四七年(家)第一三五二八号各遺産分割事件に対し、宮田とくも被相続人大野富夫、同大野かよの相続権があるとして参加申立をし、その前提として前記酒田市長による戸籍訂正を得たものであること、

しかして、養女が婿養子たる夫の離縁により夫とともに養家を去つたときは、旧民法第七三〇条第三項により、養親およびその血族との親族関係は消滅するものと解すべきである(民事局長通牒昭和九年九月四日民事甲第一一八九参照、なお戸内婚姻した養女が夫たる養子の離縁に随い養家を去つた場合も同旨民事局長通牒昭和一〇年一〇月三〇日民事甲第一二六八号、民事局長回答昭和一〇年一二月三日民事甲第一三七七号、民事局長回答昭和二九年二月一五日民事甲第二九三号)。けだし、旧法下、婿養子たる夫が養親と離縁した場合、妻たる養女はその夫と離婚して(旧民法第八一三条第一〇号)養家にとどまるか、夫に随つてその家に入り(旧民法第七四五条)養家を去るか、のいずれかを選択すべきであつたのであり、後者を選んだ場合、旧民法第七三〇条第三項により「養子ノ離縁ニ因リテ之ト共ニ養家ヲ去リタル配偶者」に該当し、養親およびその血族との親族関係は消滅するものと解することができるからである(なお、この場合実子たる家女と同一に律すべきではないかという疑問はあるけれども、これとは別異に取扱うべきである)。

したがつて、本件の場合、宮田とくは婿養子たる宮田進之助の離縁にもとづき同人とは離婚せず同人に随つて大野富夫、同かよの養家を去つたのであるから、これにより大野富夫、同かよとの養親子関係は消滅しているものというべきである。

なお、宮田とくは自ら夫進之助とともに大野富夫、同かよとの離縁届をなしていること前記認定のとおりであるが、右旧民法第七三〇条第三項の適用よりこの場合その離縁届が必要なものであつたかどうか解釈の余地がある。前記戸籍先例の取扱いから不要と解し、宮田とくにつき離縁届があるにもかかわらず、これを特に戸籍に記載しなかつたものとも推測される。あるいは婿養子たる夫の離縁によりこれとともに養家を去ることを明確にするために養女たる妻の離縁届をなす実益があつたものと解する余地もある(この場合妻の離縁届を戸籍に記載しておくのも一方法と考えられるが、旧法下の戸籍実務の実際は必ずしも明らかでない)。

そうすると、前記認定にかかる酒田市長のなした宮田とくについての大野富夫、同かよとの縁組事項の戸籍への回復記載は、すでに消滅している養親子関係を存続するものとしてなした法律上許されない記載といわなければならない。

よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 渡瀬勲)

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